2009年08月17日

とっておきの場所

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今年は皆さんもご存知の通り、膝を怪我しているので去年のようなハードな山旅は出来ない状態。
でもやっぱりこの時期になると、北アルプスに行きたくて、上高地に行きたくて、河童橋が見たくなっちゃうんです。
だから考えた末に、上高地から2時間の場所にある徳沢まで行こうと。
僕の北アの数々のお気に入り場所のひとつ。

ここは2年前、秋に来た時に訪れた場所。
普通なら通り過ぎてしまうこの場所ですが、その時は何かの縁あってこの徳沢にテントを張りました。
前日が涸沢カールの岩場でゴツゴツした場所だったんで、この1面に広がる緑の芝生が心地良かったんでしょうね。
ああ、なんて居心地のいい場所なんだ。って。

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明神岳が目の前に聳え立つ森の中に、徳沢キャンプ場はあります。
決して広いとは言えない緑の草原も、こんな場所にあるとものすごい開放感。
そしてやっぱり時間はゆ〜っくり流れます。
上高地から平坦な道を2時間。
ちょっと計画して、ちょっと足を伸ばせばこんな素敵な時間の中に入り込めちゃうんです。


水もトイレも売店もあれば、お風呂まで入れちゃうビギナーにも優しい徳沢キャンプ場。
こんな風も楽しめるのも、北アの楽しさのひとつでもあるんだと思います。
posted by syoddy at 22:15| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

上高地

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御無沙汰してました。
長野に旅に出てから、そのまま東京の実家に滞在しっぱなしで、まだ東京にいます。
なもんで、帰ってからまたゆっくり書こうと思いますが、ひとまずサラッと。

今年の異常な天気は北アルプスも例外ではなく、度重なる雨と少ない日照時間のせいで、
なかなか雪が溶けず、あの美しい梓川も濁流と化してました。
天気は晴れたり曇ったりと、なかなか安定しない今年の上高地でしたが、
時折、穂高連邦も顔を見せてくれました。

やっぱりここにはなんとも言えない雰囲気があります。
広大な自然とゆっくり流れる時間。
何度も何度も味わいたくなる、そんな素敵な時間がここにはあります。


写真は西穂高岳の入口。
去年の旅は全てここから始まりました。
今年はここから先へは行けませんが、立つだけで去年の思いがふつふつとよみがえってきます。

来年は再びここから歩けるように、今出来る事をしていきたい。
ここに立ってまたそう感じ、リハビリに励むお盆休みなのでした。
posted by syoddy at 19:18| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

剱 立山縦走 4日目

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AM3:00
氷点下の中、気合いでシェラフを飛び出した。
空は満点の星空。
フゥ〜っと白い息が空に上がる。
僕はお湯を沸かしながらテントをたたみ始めた。
2日間お世話になった剱沢ともお別れ。

なぜこんなに早いかと言うと、4時に出てこの上の稜線から朝日を見ようという、
ゆうすけ君のプランに乗っかろうと思ったからだ。
日の出はAM6:00。
テン場から真上の別山北峰まで1時間半あれば、という計算である。
一足先に撤収が終わり、ヘッドランプの明かりを頼りに剱沢を登り始めた。
別山の尾根に取り掛かろうかというところで、僕は一人叫んでしまった。

「 おおおおぉぉぉ!!! 宝石箱だぁ〜!!! 」

凍てつくような乾いた空気が、富山の街の明かりを鮮明に映し出している。
凍りついた手で慌てて三脚を取り出す。

「 うわぁ…すげえすげえ… 」

誰もいない夜明け前の稜線で、僕は1人ハシャいでいた。

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AM5:20
別山北峰に到着。
山頂には、剱御前から朝日を見に来たという若い男の子が1人。
ゆうすけ君達も日の出10分前にギリギリ間に合った。

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AM6:00 日の出
毎回これを見ると、早起きして良かったと思える。

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朝日に照らされ、剱が燃える。
ガイド地図に記載されていたとおり、ここ別山北峰から見る剱は格別。

「 おお〜い!どこまで行くの〜?! 」

さとこちゃんにそう言われながらも、僕とゆうすけ君は北峰の最先端ギリギリに立って剱岳を眺めていた。

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山を知らない人に見せたいものの一つが、この朝日。
どんなに起きるのが辛くても、登りが苦しくても、全てを帳消しにしてくれる。
嫌なことなんて何もかも忘れさせてくれる。
燕山荘のオーナー、赤沼氏はこう言ってた。

「 山は体を健康にすると共に、心の掃除もしてくれる場所 」 と。

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■■ 別山北峰 剱岳をバックに ■■

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すっかり朝日に時間を奪われ、1時間半近く北峰にいた。
さてこの先は立山縦走へ。
立山とは、富士の折立、大汝山、雄山という三つの山の総称。
その立山と、別山、浄土山が一般的に立山三山と呼ばれている。

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この辺一体の南面は、室堂から見える斜面で、
多少岩が隠れないところもあるらしいのだが、基本的にどこも滑走可能だとのこと。
そう言われると、斜面ばっかり見てなかなか先に進めない。
稜線はまさにドロップポイント。
その上に立ち、下を覗き込むと、もう頭の中はパウダースノー一色であった。

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別山から立山まではほとんど横移動の快適な稜線歩き。
僕の大好きな、だだっ広い砂利の歩きやすい尾根だ。
別山から1時間ほどで立山の一つ、富士の折立に到着。

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眼下にエメラルドブルーの黒部湖。

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そして手が届きそうな距離に、槍ヶ岳と死ぬ思いをした西穂〜奥穂縦走路も見える。

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さらに富士の折立から30分ほど歩くと、立山の最高峰「 大汝山 」
標高3015m。
多少崩れると言われていた天気は、昨日よりも安定しており常に360度の展望が続く。

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さらに30分ほど歩くと、最後の雄山に到着。
ここには神社が奉られており、室堂から1時間半ほどで登ってこれるということもあってか沢山の人で賑わっている。
ジーパンにスニーカーの人達の中で、巨大なバックパックの3人はやはり浮いているようだった。

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縦走路はこの雄山で終わり。
あとは室堂に下るだけ。
そう考えると少し寂しく感じる。
なかなか足は下山ルートに向かなかった。

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雄山からガレた登山道を下り、一の越というコルに着く。
ここはさらに室堂から近くなる為、大勢の人で賑わう。
石畳の道を40分ほど歩いてくるだけで、北アルプス南部の景色や立山そのものを感じることが出来る場所。
僕らには旅の終わりを感じさせる場所でしかなかったのだが…

さらにここから立山三山の一つ、浄土山に登ることが出来るが、
気持ちはもうすっかり室堂に向かっており、あっさり登ることをやめた。
4時から登りだして朝日を拝み、心地良い縦走路を歩いてきただけですっかり満足だったのである。

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僕らは眼下に見える室堂に向かって、緩やかな道を歩き始めた。
旅の終わりはすぐそこに迫ってきている。
僕の4日間が終わる。
なぜ旅という時間はこうもあっさり過ぎていくのだろう?

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PM12:00
僕の旅は終わった。
室堂は3日前よりも賑わっている。

そして旅の仲間との別れ。
結局、昨日からすっかり2人の中に混ざらせてもらった。
ちょっと居すぎたかな?とも思っていたが、何よりも楽しい時間を過ごさせてもらったことに感謝している。
素晴らしい旅が、彼らのおかげでさらに楽しいものになった。
この出会いは、一人旅こその賜物であろう。


「 またどこかの山で 」


そう言って僕らは室堂で別れた。
いつの時も別れというものは寂しいものである。
 
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彼らと別れた後、1800円もするビックリするぐらい普通のとんかつ定食を食べ、

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室堂から15分の場所にある、
日本最高所の温泉「 みくりが池温泉 」へ。
やはり4日ぶりの風呂は骨にしみる。
お湯は乳白色で硫黄の匂いもキツイ。
窓の外には広大な立山の景色。

しかし、この山を終えた後の風呂というものは、
なんだかここまで歩いてきた旅を全て洗い流してしまうようで、
もったいない気分にもなる。
お盆のときの中房温泉もそうだった。
気持ち良い反面、感動や苦労が詰まった垢を落とすのに少しためらいを感じる。
そんな風に思うのはきっと僕だけではないはず。

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目の前の立山はまだ青空に包まれていた。
テラスに出て、何を考えることもなく空を見上げる。
この時、何を考えていたかも忘れるほどに無心だった。
それは旅が終わったということだったからなのか?
風呂に入りすぎて、のぼせていたからなのか…?


思い返してみると、やっぱり今回の旅も大成功であった。
また色々な事を学び、心の底から感動していた。
一人旅というと、なにかと寂しいイメージがあるが、
いざ行ってみるとそうでもない。
単独行ならでは出会いが必ずある。
仲間と動く旅にはないものが、一人旅には必ずなにか付いてくる。
この素晴らしい感動や出会いがあるから、僕はまた旅に出るのだろう。
気がついたときには、バックパックを背負って家を飛び出しているかもしれない。


さて、次はドコに行こう?
posted by syoddy at 23:40| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

剱 立山縦走 3日目

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2日目は雨で完全に停滞。
ちょっと歩いて他の小屋に飯を食べに行ったり、テントの中でもがくだけ。
雨の日停滞というものは思った以上に辛い。
ただでさえ緩やかな時間の流れの中、やることがなければさらに時間は進まない。
おまけに寒気まで入ってきて、雨は雪になりテントは凍りつく。
気温は氷点下5度まで下がっていた。

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というわけで2日目飛んで3日目。
寒冷前線が抜け、剱岳の上空には再び青空が広がっていた。
AM4:00起床。
4日目に立山縦走を控えていたので、この剱沢にもう1泊する予定。
よってテントはそのまま残し、行動食と飲料だけをバックパックに詰め込んだ。
カメラを入れても、重さは6〜7キロじゃないだろうか?
スッカスカだ。

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AM5:00出発。
ザクっと霜柱を踏む音が心地良い。

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霜柱を気持ち良く踏みながら30分ほど下ると、剱岳直下の剣山荘に到着。
山の朝は早い。まだ5時半だというのに小屋内は朝食の準備で慌しかった。
皆、昨日の天気を味わっているからだろう。外の天気を見て笑顔が絶えない。
今日は最高の1日になる。
僕はここで水を補給し、一足先に剱岳の登山道へ向かった。

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10分ほど登ったところで朝日が昇り、稜線を照らし始める。
昨日の荒れ狂った剱沢が嘘のように静まり返っていた。
ここで一組の若い夫婦に出会った。

「 あの山はなんていうんですかね?わかります? 」

自分と同じような匂いがしたからなのか、僕は自然と話しかけていた。

「 あれが多分、鹿島槍で、その横が五竜。その横が白馬ですね〜 」

彼は優しい笑顔で丁寧に説明してくれた。
なんだかとても清々しい2人だった。

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実はこのような素敵な人達はなかなかいない。
山を歩いていても、不機嫌な人は多々いる。
せっかくこんな場所にいるのになんでそんなに塞ぎこんでるんだ?!
って思う人は残念なことに街と同じくらい存在する。
みんなもっと笑えばい〜のに。
ただ楽しいって思うだけで、笑顔になれるのに。

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剱山荘から30分ほどで一服剱というピーク。
その名の通り、一服にちょうど良い時間だ。
山登りはこの最初の30分が一番辛い。

「 おい…俺、今日大丈夫か?! 」

って最初の30分はいつも不安になる。

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一服剱からさらに30分登ると前剱に到着。
ここでようやく正真正銘 剱岳のピークが姿を現す。
しかしど〜もこの剱岳の登山道は整備されすぎている。
危険個所には必ず鎖が付けられているのだが、ここまでありすぎると逆に煩わしい。
登山者が鎖に頼りすぎているせいか、岩に指をかけられるようなホールドがほとんどない。
鎖はあくまでも補助。
むしろ頼りすぎると疲れやすいし、危ない事も多々ある。

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そして剱名物最大の難所、カニのタテバイ。
18メートルのド垂直の壁を登る。
今まで歩いてきた中でもこれだけ垂直の壁はなかった。
これだけ垂直だと、普通はハシゴを付けるはずなのだがここにはない。
どうゆう基準でハシゴを設置するのだろう?
まるでハーネスなしのクライミングみたいなもんだ。
僕はドキドキとワクワクを楽しんでいた。
だが、落ち着いてホールドを探していけば誰でも登れる場所である。
それだけ整備が行き届いている。

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事前に本で読んでいたのでもっと激しいものを予想していたのだが、タテバイはあっさり終わってしまった。
18メートル登りきってしまえばあとは緩やかな山頂までの道。
僕はもともと高い所は得意ではないのだが、数々の岩場を歩いてきたせいか少し麻痺し始めているのかもしれない。
もう少し怖くても良かったなぁ。なんて思っていた。

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AM7:50
タテバイを超え、標高2999m剱岳山頂に立つ。
山頂は快晴無風。
北側には富山湾と能登半島が綺麗に見えていた。
これ以上ないお出迎え。
すでに山頂は20人くらいで埋まり、賑わっている。

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20分ほどすると、あのさわやか夫婦も到着。

「 お疲れ様で〜す! 」

登山者というものは、バラバラに行動しているとはいえ、皆仲間。
山頂にいる全ての人が同じ想いなのである。
達成感と目の前の感動は全ての人に与えられる。

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■■ 剱岳山頂から剱沢 ■■

僕はあまりの心地良さに1時間半も滞在してしまった。
急いで降りる理由もなかったのだが。

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実は僕が登ってきた別山尾根ルートというのは、誰でも登れるルート。
剱岳が岩の聖地と呼ばれる理由はこの北側と東側にある。
一般登山者は入ることの許されないエキスパートルートが連なっている。

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北に北方稜線。東に八つ峰、南に源次郎尾根と岩のバリエーションが豊富。
どれもザイルワークが必要であり、縦走登山しか経験のない僕には到底想像もつかない世界であった。

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下りの途中、僕は昭和を見つけた。
今の時代に、このプルタブ缶を探すことのほうが難しいのではないだろうか?
山を綺麗に。
このプルタブは何年拾われるのを待っていたのだろう?

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山頂から下り始めて2時間。
ベースである剣山荘に戻ってきた。
やはり昼飯はカレー。やっぱり山にはカレーが似合う。
ここでまた夫婦と再会。
優しい雰囲気のゆうすけ君と、笑顔が可愛らしいさとこちゃん。
同年代だったということもあってか、僕らは数時間前に会ったとは思えないほど、時間も忘れて話し込んでいた。
すると話の中から、僕らが出会ったのは今日が初めてではないという事実が浮上。

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ちょうど1年前。
僕は一人、2泊3日で穂高 涸沢カールにいた。

2007年10月13日 日本の涸沢 参照

どっからともなく去年の涸沢の話になり、最終日はドシャ降りだったという話から一気に繋がる。
おまけに僕はテラスでゆうすけ君に写真を撮ってもらっていた。
それがこの1枚。
ゆうすけ君が「 なんだかお兄さんのような人の写真を撮った記憶がある… 」
の一言から超おぼろげな記憶がよみがえってきた。
彼らもスノーボーダーであり、僕が持っているBURTONのカメラバッグを覚えていたみたい。
登山者でBURTON物を持ってる人はまずいないだろう。


思い出した。確かに僕はこの2人が写真を撮りたそうにしていたので、
自分のもお願いしようと話しかけたのだった。
ゆうすけ君が気づかなければ、記憶は全く風化していただろうに。
案外、人の記憶ってのは狭い隅っこに残っているものだ。
さらには上高地〜涸沢〜北穂〜徳沢というルートも全く同じ。
そしてとどめに昨日からのテン場では岩を挟んでお隣さんだったという事実。

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僕らはすっかり仲良くなってしまい、少し気が引けながらも仲の良い2人に混ざらせてもらっていた。
ゆうすけ君はバックパッカーであり、スノーボーダー、そしてサーファー。
どっかの誰かさんと同じである。
そんな旦那と同じ時間を過ごしたいから、という理由だけで登山を始めたというさとこちゃん。
今ではドップリのようだ。

夕飯時には2人のテントにまでお邪魔させてもらった。
とても初対面( 初対面ではないが… )とは思えない会話の盛り上がりっぷり。
時間さえあればいくらでも話していたと思う。
ホント山の出会いというものは不思議である。


明日は旅の最終日。
残すは立山三山縦走。
2人も同じルートらしい。
何から何までカブっていて、これは単なる出会いではないような…
旅の最後が近づくというのは、何回味わっても嫌なものである。
posted by syoddy at 18:48| 宮城 | Comment(3) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

剱 立山縦走 1日目

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10月10日。
仙台から8時間バスに揺られ富山駅。
さらに2時間電車とバスを乗り継ぎ、室堂に降り立つ。
ここは立山。
11月下旬にはどこからともなくバックカントラーが集まる聖地のような場所。

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そしてこの立山の裏には岩の聖地、剱岳がそびえ立っている。
縦走で訪れる人は大体この2つをセットとし、剱 立山縦走というルートを歩くのが一般的である。

僕自身、ここは初めての土地であり、右も左もわからぬまま来てしまった。
しかし何が待ち受けているかわからないという状態ほどワクワクする。
地図とコンパスを頼りに歩いていく。
僕は希望に満ち溢れていた。


ここ室堂という場所は標高2400mという高所ながら、
ケーブルカーやバスを乗り継ぐ事によって誰でもアクセス出来る。
春先に除雪開通し、いち早く全国ニュースで流れる立山黒部アルペンルートとはまさにここの事。

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その為、室堂近辺は9割が一般の人で埋め尽くされている。
デカいバックパックを背負い、あたかも山登りしますって人はほとんどいない。
これは完全に予想外だった。
僕はかなり浮いている。
平日に着いたせいもあるのか、周りには観光ツアーの団体かウエストポーチにスニーカーの老夫婦ぐらいしかいない。
僕が知る、穂高 上高地とは少し違う雰囲気であった。

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よって、室堂近辺はそんな登山と無縁の人達でも、十分楽しめる探索路が多々ある。

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バスターミナルからは目の前にそびえ立つ立山三山。

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5分も歩けば神秘的なブルーのミクリガ池。

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さらに10分歩くと温泉ガスの吹き出す地獄谷。

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さらに10分足を延ばすとバックカントリーのベースとなる雷鳥沢キャンプ場。
しばし目の前の巨大な斜面を見つめる。
頭の中は一面銀世界。
オープンバーンあり、狭いシュートあり、ナチュラルに飛べそうな尾根あり。
どっから登っても全て滑れる。
そこはまさにドでかいスノーパークだった。
やはりスノーボーダーとして、一度はココは来なくてはならない。
そんな場所だと痛感した。


しかしここまで来ると人はほとんどいなくなる。
もし貴方が立山を訪れたなら少し頑張ってこの雷鳥沢まで足を運んでみてほしい。
室堂では見られない広大な景色が出迎えてくれる。


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さて、ようやくここからが本番である。
人の気配は消え、目の前には赤く染まったナナカマドと、かすかに聞こえる飛行機の音だけだった。
夏山とはまた一味ちがう秋の魅力。
澄んだ空気が作り出す青空と独特な画を描く秋の雲。

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そんな中、僕は雷鳥沢北側の尾根を伝い、剱岳を目指すべく歩き始めた。
秋の景色はなかなか前に進ませてくれない。
哀愁のようなものさえ感じる景色を見ていると、自然と止まる時間が長くなっていた。

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2時間ほど歩くと、別山尾根に立つ剱御前小屋に到着。
この裏側に回ると、

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今回の旅のメイン「 剱岳 」が現れた。

「 おおおおぉぉぉ!!!つるぎだ!!! 」

今回は一人旅なので小声で叫んだ。
日本海からの豪雪を受け、氷河が削り取ったその姿は男らしさのようなものを感じる。
穂高とは違う巨大なオーラに、僕は飲まれそうだった。

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御前小屋から剱沢を下り、宿泊地である剱沢小屋へ。

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ここにテントを張り、剱岳へのベースとする。
平日ということもあってか、テントは4張りほど。
隣に張っていた単独の女性と話をすると、

「 明日は天気が崩れそうなので剱はあきらめようと思ってるんです 」

そう、11日土曜日の予報は雨だった。
僕も明日はほとんどあきらめていた。
しかしこの天気の崩れも計算し、明日の朝起きて駄目なら停滞。
仮に少しでも回復するようならば、1日繰り上げて動けばいい。
予備日を1日取っているというだけで、こうも臨機応変に動ける。

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しかし、さすがは天気予報。
暖かいシェラフで夢の中にいた僕は、強烈な風とテントを叩く雨の音で目が覚めた。

AM5:00
ドシャ降り。

「 ああ、やっぱり駄目か… 」

ふてくされたように再びシェラフに潜り込むのであった。





やっぱり簡潔には書けないので、続く!!
posted by syoddy at 21:26| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月14日

4日間

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今朝、富山から戻りました。
んで、そのまま仕事行ってテント干して寝袋干して洗濯して…

つーわけで、いま死ぬ寸前です…
旅記録はまた後日。簡潔に。


おやすみなさ〜い!!
posted by syoddy at 23:45| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

北アルプス2008 おまけ

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■■ 松本電鉄 松本駅にて ■■


しつこく北アの写真です。
旅記事で使おうかどうか迷った写真達。
お茶でも飲みながらご覧下さい。
撮影はsyoddy、oku、goの3人です。
ちょこちょこブレててすんませ〜ん…

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■■ 行く先に ■■

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■■ 上高地へ ■■

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■■ 上高地 河童橋前 ■■

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■■ 西穂山荘テラスにて ■■

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■■ 独標から西穂へ ■■

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■■ タトゥー ■■

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■■ 束の間の休息 ■■

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■■ 命綱 ■■

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■■ テンション↑↑ ■■

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■■ 逆層スラブ ■■

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■■ 目覚めるジャンダルム ■■

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■■ 風力発電 ■■

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■■ 奥穂をバックに ■■

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■■ 旅支度 ■■

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■■ 次世代へ ■■

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■■ 北穂へ ■■

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■■ 前穂 北尾根 と 日本最大のカール 涸沢カール ■■

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■■ テンション↑↑その2 ■■

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■■ 天空の綱渡り ■■

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■■ キャベツ ■■

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■■ 北穂小屋受付 ■■

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■■ さすらいのクライマー ■■

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■■ Good smile!! ■■

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■■ 大キレット 核心部 ■■

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■■ 槍ヶ岳山荘 槍ヶ岳 殺生ヒュッテ 東鎌尾根より ■■

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■■ 道しるべ ■■

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■■ 何を見つめる? ■■

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■■ 何を見つめる?その2 ■■

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■■ 西瓜 ■■

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■■ 極楽時間 ■■

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■■ バンダナ達 ■■

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■■ 8月14日 仙台着 ■■
ラベル:北アルプス
posted by syoddy at 22:51| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

北アルプス2008 最終回 5日目 下山

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標高2763m。燕岳。
北アルプスで最も美しい山とも言われる。
マグマがゆっくり冷えて固まった花崗岩と白い砂、そして緑色のハイマツが重なり、
この素晴らしい景観を作り出している。
この美しい燕岳が何故、百名山ではないのか?
そういった声も多いほど、この山は様々な人に愛されている。
( 燕岳は日本二百名山 )

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4時。
4日目にしてようやくしっかり眠れたのか、朝も早く起きてしまった。

「 最後の日ぐらいはゆっくり朝日を見よう 」

連日、起きてすぐに旅立つ準備をしなければならなかったので、
ゆっくり朝日を眺めることなんて出来なかった。
でも今日は3時間ほどの下りだけなので、かなり時間に余裕がある。
3日目の南岳で妥協せず、槍まで歩いていなければ、ここまでのゆとりはなかったかもしれない。

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5時。
雲海の中から、真っ赤に燃える太陽が上がる。
同時に無数のシャッターの音と、湧き上がる歓声。

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何度も同じものを見ているはずなのに、毎回見入ってしまうのは何故だろう?

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「 おはよう。トム! 」

「 オハヨゴザイマ〜ス♪ 」

トムは中房温泉から11時半のバスに乗るみたいで、すでにパッキングを終えていた。

「 早いね。もう下るの? 」

「 ハヤクオフロニハイリタ〜イ♪ 」

それは僕らも同じ気持ちだった。
4日も風呂に入ってなければ、汗ばんでいるというレベルのもんじゃなかった。
もう体中、ヌルヌルというかヌメヌメというか…

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■■ 燕山荘前にて ■■


「 デハ!マタアイマショウ! 」

熱い握手を交わして、トムは一足先に下山。
わずかな時間かもしれないが、やはり出会った人との別れは寂しいものだ。
冬の夏油で会うことを誓い、僕らは最後の頂へ歩き始めた。

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燕岳の山頂まではわずか20分。
どちらにしても下山ルートは燕山荘に戻ってこなければならないので、
バックパックを置いて手ぶらで出発。
背中はスカスカ。
スキップでもするような気持ちで美しい道を歩く。

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山頂までの道にある、燕名物 「 イルカ岩 」
この写真を見れば、名前の由来の説明は要らないだろう。
まさに自然が作りだす神秘。

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白い登山道を登りきり、燕岳の頂に立つ。
それは、この長き縦走の最後であった。

西穂高岳
間の岳
天狗岳
ジャンダルム
奥穂高岳
涸沢岳
北穂高岳
南岳
中岳
大喰岳
槍ヶ岳
西岳
大天井岳
燕岳

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多少、通過しているピークもあるが、延べ14個の頂をを繋ぎ、渡り歩いてきた。
まだ終わったわけではないが、すでに達成感が沸いていた。
同時に、旅の終わりを感じ、寂しさのようなものも感じていたのを憶えている。

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しばし燕岳の山頂で、北ア最後の景色。
これもまた別れ。
僕は、目に焼きつくように最後の槍ヶ岳を見つめていた。

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燕山荘に戻り、あとは下るだけだったのだが、
帰るのを拒むようにテラスで飲み物を注文。

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■■ イチゴミルクを頬張る32歳… ■■



許されのであれば、何時間でもここに居たかった。
「 あと3日歩け! 」
と言われれば喜んで歩いただろう。

しかしそういうわけにもいかないのが現実。
僕らはようやく重い腰を上げ、燕山荘に別れを告げた。

「 また 必ず 」




燕山荘から延びる合戦尾根を下り、登山口の中房温泉までは約3時間。
表銀座縦走路の入口でもある為、登ってくる人は多い。
すれ違いで団体を待つこともしばしば。


僕らは寂しさを紛らわせるかのように合戦尾根を駆け下りた。
下山のほとんどを走っていた。
高度計の数値が下がっていくたびに、終わりを感じていた。

でも2人はなぜか笑っていた。
笑っていたかったのかもしれない。
下を向いてゴールするより、胸を張って帰りたかったのかもしれない。

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そんなハイペースで下ったもんだから、途中の合戦小屋まで1時間かかるはずなのに、
わずか20分で到着。
自分でも驚いていた。

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ここでは名物であるスイカを頂く。
普段なかなかスイカを食べることはないが、合戦小屋名物と書かれては、
食べないわけにはいかない。
長野県波田産。
値段は1/8で800円と少々高め。

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所詮、スイカだろうとナメてかかっていたが、口に入れた瞬間スイカに謝った…
甘いなんて代物じゃない。
激甘だ。

スイカってこんなに甘くなるのか?
というぐらい甘く、800円という値段は決して高いとは思わない。
お腹が一杯であろうと、疲れて喉を通らない状態だろうと、所持金が800円しかなかろうとも、
もし皆さんが合戦小屋に立ち寄った際は、是非食べて頂きたい。
無理をしてでも、食べる価値のある代物である。

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「 あの〜…土曜日に西穂山荘にいましたよね? 」

突然、若い夫婦に声をかけられる。

( ん?土曜日?土曜日っていつだ? つーか、いま何曜日? )

数秒考えてようやく今日が水曜日だという事に気づく。

「 ええ、いましたよ。あ、隣のテントの人達ッスね?! 」

西穂山荘で絡んだわけではなかったが、なんとなく憶えていた。
西穂からのルートを伝えると、

「 ええ〜!?西穂から縦走してここまで来たんですか?スゴイですね!! 」

少し天狗になってしまうところだったが、
この人達は西穂から上高地に降りて、仕事で東京に戻り、
5日後の今日、また北アに来たらしい。
そのほうが、ある意味凄いような気がする…


スイカを皮ギリギリまで食べつくし、合戦小屋を後にする。
もうこの先は下るだけ。
中房温泉まで下るだけ。
僕らは再び駆け下りた。
無我夢中で走った。
足の感覚は麻痺していたが、それでも走り続け、合戦尾根を駆け下りた。

「 ああ、終わる… 」

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8月13日 午後12時30分。
中房温泉 登山口
2008年 夏   僕らの旅は終わった。

「 お疲れ 」

もう何度目だろうか?
相方と拳を合わせる。
言葉はなくとも、2人にしかわからない5日間の想いが、拳を通して通じていた。

「 ありがとう 」  と。



ふと食堂の窓に目をやると、
そこには風呂上りのトムの姿。

「 オツカレサマ〜♪ 」

「 お疲れ!トム! 」

トムとハイタッチを交わす。
旅を共にしたわけではないのに、3人の心は一つだった。

見あげれば燕は雲の中。
空には中房温泉の湯気だけが舞い上がっていた。


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本日の移動距離 5.6キロ
総距離 34.8キロ





僕らはこっそり洗面所でパンツとTシャツを洗い、岩の上にに干した。
そして飛び込むように湯船に浸かる。
5日ぶりに入る風呂は、まるでバターのようだった。

「 あっ…あっ…ああぁ〜…ふおぉぉぉ〜… 」

お湯が、焼けた肌にビリビリと染みる。
こんなにも風呂が気持ち良いと感じたのは、いつ以来だろうか?


中房温泉の登山口は、旅を終えた人達で賑わっていた。
逆に、これから旅立つ人もいる。
山は、その1人1人にドラマを用意してくれている。
あの人達にはどんな感動が待っているのだろう?
普段の生活の中で、歳を取るたびに記憶というものは薄れていくが、
山は、一生記憶に残るものを授けてくれる。
素晴らしい感動を僕らに与えてくれる。





仙台から共にし、ほとんど会話にならなかった外人さん。
切符を無くした僕に、情けをかけてくれた新島々の駅員さん。
西穂山荘で健闘をたたえ合った、若き登山家。
奥穂縦走路で励ましあったおじさんと、2人のおばさん、3人組。
西穂〜奥穂は今月2回目だというスーパーおばさん。
テン場で隣だった、秋田から来たおじさん。
笑顔が素敵だった、北穂小屋のハーフの女の子。
殺生ヒュッテでタバコをせがんできた、パタゴニアフリークの男の子。
湯俣から北鎌尾根を登って来たという、スーパーおじさん。
100Lオーバーのバックパックを背負った4人組パーティー。
大天井付近から一緒で、中房では風呂も共にしたおじいさん。
合戦小屋、笑顔で写真に応じてくれた、スイカ売りの可愛らしい女の子。
僕らに大きな影響を与えた、燕山荘オーナーの赤沼健至氏。
腹がよじれるほど笑わせるため、はるばる長野から迎えに来てくれた ゆっけ。
ちょっといい加減なところが最高にかっこいいトム。
オバカだけど、情熱と胸板はアツイ、弟のようなゴウ君。


そして、常に手を取り、励まし、助け合った。
心の底から笑い、素晴らしい感動を分かち合った最強の相方 オク。



すべての人に心から感謝。



さあ行こう。僕らの旅はまだ始まったばかりだ。
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2008年09月06日

北アルプス2008 4日目 燕の夜

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まだ日没までは時間がある。
相方は軽く昼寝に入り、僕はコーヒーを飲むためにお湯を沸かしていた。
その時、
目の前に1人の外国人が現れたのである。
どうやらテントの設営場所を探しているようだ。

その外国人はバックパッカーというより旅人といったような風貌で、白髪混じりの無精髭に、
とても白とは呼べない使い込んだタオルを頭に巻き、1人ニコニコ笑っている。
そして明らかにファンキーなオーラを放っていた。


彼は僕らの2つ隣にテントを設営すると、こちらに向かって叫んできた。

「 トウホクドコデスカ〜?!ワタシ、ハナマキデェ〜ス! 」

僕らが地元の話かなんかをしていたのが聞こえていたらしい。

「 オー!モリオカー!センダイー! 」

700キロ近く離れた場所の住人達が、長野の3000mの稜線で出会う。
一瞬にして意気投合である。

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彼の名はトム。
カリフォルニア出身のやんちゃな43歳。
10数年前から岩手の花巻に住み、冬は夏油高原でパウダーを食い散らかしているらしい。

たまに言葉がこんがらがってルートが把握出来なかったが、ここからさらに北にある餓鬼岳、
常念岳、槍ヶ岳などを歩き、今日が7日目だという。

「 7日〜!?トムすげぇ〜!! 」

「 デモォ〜、ホタカハコワイノデ、イキマセェ〜ン♪ 」

凄いんだか凄くないんだかわからなくなっていた…


そして僕らは友達になった。
歳は一回り離れていたが、まるで学生の頃の友達といるような。そんな感覚。

「 世の中に埋もれることなく、こんな風に歳をとりたい 」

そんな風に思いながら、とても43には見えない少年のようなトムを眺めていた。

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そして僕らは因縁の対決を始める。
試合開始からわずか5分。
やはり山に神は存在するのかもしれない。

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僕は白。
今、相方が打つのを待っている。
これがど〜ゆう状態かおわかりだろうか?

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往生際の悪いヤツだ。

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僕らは北アに来て、ようやく安らかな時を楽しんでいた。
西穂から始まった凶器のような岩尾根。
休む暇もなく続いた大キレット。
辛く長い槍までの道。
縦走路はもうこの先にはなく、明日の下りを除けば、やるべきことはほぼ終わっている。

もう、明日ここまで行かなければならないとか、事故の心配をする必要がなかった。
それだけで、思った以上に僕らに安らぎの時間を与えてくれている。

この、何をするわけでもない時間。
コーヒーを飲み、たわいもない話で笑う。
雲は流れ、太陽は黄金色に輝いている。

1分が10分のように感じる時の流れ。
貴方は感じたことがあるだろうか?

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ふと小屋に入ってみると、大勢の人が食堂のTV画面に釘付けになっている。
そこには山小屋のオーナーが映っており、片手にアルプホルンを持っている。
この燕山荘ではオーナーのアルプホルン演奏が名物となっている。

残念ながら今日は不在なんだろう。
別日に撮影された映像ではあったが、食堂の登山者達はTVだということを忘れ、
真剣にオーナーの山の話に聞き入っている。

僕らは最初、そこまで興味がなかったが、いつのまにか吸い込まれるように食堂に入り、
気がつけばその中の1人になっていた。

物音一つ立ててはいけないような沈黙の後、アルプホルンの音が食堂に響き渡る。

音が心に突き刺ささっていた。
耳からではなく、体に直接語りかけてくるような音。
なぜだかわからないが、また涙が出そうだった。
そしてオーナーは数々の言葉を教えてくれた。

「 山は体を健康にするだけでなく、心の掃除もしてくれる素晴らしい場所 」
「 1歩1歩、あなたのペースで歩けばいい 急ぐ必要はない 山は逃げないから 」

レジェンドだった。
僕らは完全にオーナーである赤沼健至という人間に心を奪われていた。



そんな中、ひょっこりトムが現れる。

「 お〜!トム! トムも話を聞きに来たんだね!? 」

「 ワタシ、オリンピックミタイデェ〜ス♪ マダオワラナインデスカ?コレ? 」

「 いやいや、すげ〜為になる話だよ? 」

「 ダレ?コノヒト? シリマセ〜ン! カマ〜ン!オリンピックゥ〜!
                           キタジマ〜!オリンピックミタ〜イ! 」


僕らが尊敬するような人の教えも、トムには関係ないんだろう。
ある意味、この人のほうがレジェンドなのかもしれない…


こうして最強の43歳、トムに振り回されつつ、燕岳の夜は更けていったのである。


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本日の移動距離 11.5キロ
就寝21時
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2008年09月04日

北アルプス2008 4日目 表銀座縦走 燕へ

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早朝5時。

目が覚めると、目の前には朝日に焼ける槍。
こんな非現実的生活も今日で4日目。
朝起きて、15分かかるフリーズドライにお湯を注ぎ、
出来上がるまでに寝袋を畳みながらコーヒーで目を覚ます。
随分手慣れたもんだ。

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今日はこの旅で最も距離が長い日。
西穂から槍までを縦走すれば、普通は充分なんだろうが、
欲張りな僕らは、ここからさらに表銀座と呼ばれる縦走路を北へ向かう。

表銀座とは、北部の燕岳(つばくろだけ)から縦走しながら,
遙か彼方の槍ヶ岳を目指す人気のルート。
歩きやすい尾根道や、広大な展望、様々な高山植物の群生などが見られるのが人気の理由。
実は去年の計画ではこの表銀座の案もあったのだが、日程やルートの流れから断念していた。

ならば今年、時間をギリギリ一杯までひっぱって、行ってしまおうという事になったのである。

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昨日、槍ヶ岳山荘から20分という距離を下ってきてしまった僕らは、
とても登り返してまで槍の山頂に行く気になれず、

「 ま、いっか。去年立ったし 」

あっさり諦めた。
なんともフザけた贅沢な話である。

殺生ヒュッテのテン場から見上げれば、そこには天を仰ぐように立つ槍ヶ岳。
それだけで十分であった。

早速、殺生ヒュッテからトラバースし、槍ヶ岳から延びる東鎌尾根へ。
槍ヶ岳は北アルプスの十字路と呼ばれ、この他にも裏銀座縦走路の西鎌尾根。
完全な岩登りルート、アルピニスト憧れの北鎌尾根。
そして僕らが歩いてきた穂高からの縦走路と、まさに東西南北に尾根が延びている。

僕らはその一本、東鎌尾根を縦走し、燕岳を目指す。

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しかし東鎌尾根に着いて早々、立ち止まってしまった。
憧れである北鎌尾根の全貌が目の前に飛び込んできたからである。

北鎌尾根は地図上で登山道ではない。
当たり前のように、水場、エスケープルートはなく、西穂〜奥穂を越える長丁場。
場合によってはザイルが必要で、単に岩登りが出来れば良いというわけではない。
そしてゴールである槍には、山頂の人達を驚かせるように、裏側の崖からヒョコっと現れる。

まさに男心をくすぐる魅力的なルートなのである。

しばし僕らは北鎌尾根に見入っていた。
同時に、去年奥穂でジャンダルムを眺め、憧れを抱いていたシチュエーションと
同じである事に気づく。

「 来年は北鎌に行ってしまうのだろうか…? 」

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そんな事を考えつつ、東鎌尾根を歩き始めた。
歩きやすいとはいえ、岩尾根であることには変わらず、鎖、ハシゴも多々ある。
そんな中、現れたのが20メートルオーバーの垂直ハシゴ。

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恐怖感はないが、登れど登れど頂上に着かない。
今まで見た中で一番長い。
僕らが登る時は、幸い下る人がいなかったが、とあるオジサンは、
下りの団体にハマり、20分は動けなかったとか。

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順調に東鎌尾根を下り、最下部の水俣乗越から西岳へ向け、再度登る。
このアップダウンは表銀座で一番辛いポイント。
旅は4日目。当然疲労は溜まっている。
食料が減り、3キロぐらいは軽くなっているはずなのに足取りは重い。

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そんな動かない足にムチを打ち、汗だくになりながらヒュッテ西岳に登りきった。
軽くグッタリしている…

しかし、それを忘れさせるかのように、目の前には素晴らしい景色が広がっていた。
槍はもちろんの事、東には常念岳から蝶ヶ岳の縦走路。
改めてみると、荒々しい穂高連峰。
よく見ると小さくジャンダルムまで見えた。
あんな遙か遠くから歩いてきたと思うと、自分が少し誇らしい。

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ヒュッテ西岳でお決まりのコーラを飲み干す。
疲れた後のこの1杯がたまらない。
さらにここにはハーゲンダッツまで置いてあり、かなり心が揺らぐがなんとか耐える…
あの時、ハーゲンを食べていたらこっちの世界に戻って来れなかっただろう。

そして小休憩の後、縦走路を大天井岳(おてんしょうだけ)へ。

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西岳から大天井までの道はアップダウンもさほどなく、快適な散歩道が続く。
岩尾根だと、常に足場を見てないといけないが、このような土と砂利の尾根は、
景色を楽しみながら歩く事が出来る。
岩尾根を一つ一つ攻略していくのも楽しいが、僕はこんな尾根歩きがたまらなく好きだ。
「 自分は山を歩いている 」
それを切に感じ、何よりも旅気分に浸れる。

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そんな調子でテクテク歩いて2時間弱で大天井ヒュッテに到着。
予定よりも1時間ほど早い。
早いとわかると、突如計画は変わってくる。

「 イク?いっとく?いや、さすがにマズいか…?いや…でも空青いしな〜…

                                  よし!!イクっしょ!! 」

「 カレー2つ!! 」

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食べたいものは食べたい時にイクべきである。
なぜ相方が渋い顔になってるかは良くわからないが、青空の下のカレーの味は、
書かなくてもお分かりだろう。


大天井の空は静かだった。
カレーを平らげた2人は15分の昼寝。
空を見上げると吸い込まれそうな青。
目を閉じると、まるで雲の音が聞こえてきそうだった。

どんなにお金を出しても買えない、最高に贅沢な時間。

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大天井を後に、僕らは燕岳へ歩き始める。
この頃からまたガスが出始めたが、幸い今日は雨が降るほどの量ではない。
さすがにもう夕立は沢山だ。

1時間も歩くと、突然風化した岩があたりを覆い、道は白い砂砂利に変わる。
ハイマツの道とも岩尾根とも違う、北アルプスのもう一つの顔。

相変わらず足は重かったが、ゲームにでも出てきそうな幻想的な世界に目を奪われていると、
不思議と前に進んでいた。
視界には燕岳。
そして直下に立つ燕山荘(えんざんそう)も入り始めている。

そこは、この縦走路の、僕らの旅の終着駅でもあった。

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燕山荘は多くの人で賑わっている。
15時。
最終宿泊地である燕山荘に辿り着いた。
ここは、運搬用ロープウェイが近くまで来ているせいなのか、物資がかなり豊富。
小屋内には50インチのプラズマTVまで置かれている。
お土産コーナーもかなり充実していて、ちょっとした旅館のよう。
他の山小屋とは一味違う。

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テン場の手続きを済ませ、軽く異臭を放っているバートンを設営する。
加えて4日間歩き続けた登山靴が2足。
どんな世界なのかは皆さんの想像にお任せしたい。

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日没までは、まだ時間があった。
ひとまず相方は軽い昼寝に入り、僕はコーヒーを飲むためにお湯を沸かしていた。

その時、
目の前に1人の外国人が現れたのである…
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2008年09月01日

北アルプス2008 3日目 槍へ

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ゴウ君と別れ、振り返ることなく僕らは槍ヶ岳へ向かった。
足は重く、ガスが立ち込めている。

槍ヶ岳まで3時間。
いまの僕らには果てしなく遠い距離に感じる。
2時間ほどならば、気合いでなんとかなるが、3時間となると気分は重い。
この1時間はデカい。

この南岳からの道は槍〜穂高の縦走路で最も歩きやすく、
晴れていれば雲の上の散歩道となる。
しかし今の状態は全くの真逆であった。
ガスが全ての景色を奪い、緩いはずの道は重い足取りによって、辛いイバラの道と化している。

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しかしそんな僕らにオアシスは突如として現れる。
南岳から中岳に抜ける途中にある、雪渓から流れ出る水場。
氷点下じゃないのか?と、勘違いするほどの水温。

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乾いた喉を潤し、タオルで顔を拭いていたまさにその時、雨は降りだした。
神様は意地悪である。

だが、岩手山からの度重なる夕立ちで、僕らは対処が早かった。
颯爽とレインウェアを取り出し、ザックカバーをかける。
雨に慣れたくはなかったが、完全に僕らは手慣れていた。

「 ゴウ君は今頃晩酌だろうか…? 」

そんな事を考えながらも、雨の中、僕らは進むしかなかった。
追い討ちをかけるように中岳までは登りが続く。
この辺から明らかにペースダウンし始めていた。

登りで動かないならまだしも、平坦な道ですら足は前に進まなくなっていた。
無理もない。
昨日から20時間近く歩いている。
まるで足が麻痺しているかのよう。
重い何かを引きずりながら歩いていた。

そんな時、ふとガスが抜け、天を仰ぐようにそびえ立つ頂。

「 槍だ… 」

テン場も見える。

絞ってももう出てこない雑巾を、さらに絞り始めた。
心の中では発狂している。

テン場に近づくにつれ、安堵感の他に不安が募る。

「 テントが多い… 」

テン場を通過しながら、明らかに空いてなさそうな雰囲気を感じていた。

そして17時40分。
僕らは死にものぐるいの形相で槍ヶ岳山荘へダイブした。
穂高岳山荘を出て10時間40分。
もう限界寸前だった。

そこに待っていた現実。
受付に貼られた、

「 テン場は満室になりました 」

の文字。
どう説得しても無理だった。
張れるならどこでも良かった。
便所の隣でも崖の上でも。

しかし実際は甘くなく、山荘側は「 張れません 」の一点張り。

「 皆さん、下に降りてもらってますんで… 」

「 降りるってどこまで? 」

「 20分降りたところに殺生ヒュッテがありますので 」

さらに20分…!?
うおぉぉぉ!!もう行くしかねえぇー!
ヤケクソを通り越したヤケクソだった。

人間の力は計り知れない。
もう限界だ〜。なんて言いながらも走って下っている。
限界を決めつけているのは自分自身。
人はその気になればなんだって出来る。

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18時。
殺生ヒュッテに降りた僕らは、今にも魂が抜けそうだった。
両足の痛みからまっすぐ歩くことが出来ない。

「 ああ、もう歩かなくていいんだ 」

槍に着いた事により、
この旅の危険箇所は、ほとんど越えていた。
体はボロボロだったが、一つ心のゆとりが生まれている。


テントを張った僕らは、かき込む様に夕飯を胃袋に押し込み、
寝袋に飛び込む。
空は晴れ始め、目の前の槍に星がかかりそうだったが、
2人にそれを見る余裕は全くなかった。



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本日の移動距離 7.6キロ
就寝20時
posted by syoddy at 23:28| 宮城 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

北アルプス2008 3日目 大キレット 別れ

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北穂の直下は予想通りガレている。
拳ほどの岩と細かい砂利。
こういう場所は嫌いだ。
予想だにしなかったところで滑り、滑落する。
とにかく神経を使う。

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と、いくら文句を言っても最終的には下らなければならないのが現実。
僕らは、腹の牛丼を揺らしながら砂利道を掛け降りた。

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30分ほど降りると、大キレットの核心部に到着。
飛騨泣きと呼ばれる激しい斜面に出くわす。
去年も通っているものの、逆ルートとなると全くの別物。
鎖の長さは20メートルといったところだろうか。

「 何人ですかぁ〜っ?! 」

下にいる10人ほどのパーティが叫んでいる。

「 3人でーす!! 」

幸い譲ってくれるようなので、僕らから降下し始めた。
このような岩場でのすれ違いは、どちらが優先というルールはなく、
臨機応変な対応と譲り合いの精神が必要となる。

「 ありがとうございました! 」

降下する5分ほどの時間を彼らは譲ってくれた。
見上げると僕らが立っていた場所が15メートルほど上にある。

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「 ここは下りのほうが難しいね 」

10人ほどのパーティの1人がそう言った。

僕らは去年、大キレットを登った時、

「 下りはありえないな 」

そう思った。


そして今年。
まさにそれを体で感じていた。
飛騨泣きのトラバースルートなどは、吸い込まれそうな崖を下に見つつ、
滑りやすい岩に足をかけていかなければならない。
西穂〜奥穂を踏破した僕らは、調子に乗り、完全に大キレットをナメていた。

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高度感は勝るとも劣らず、あまりの緊張に喉が乾いている。
西側から東に面を移してトラバースし、下っては登る。
ほとんど馬の背と同じような高度感の中、そんな事が繰り返されていた。
僕らが去年歩いた大キレットの経験は、ほとんど役に立たなかったのである。

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飛騨泣きを下り、A沢のコルで一休み。
この先の長谷川ピークに備える。

僕ら3人は肉体的にも精神的にも疲れていたが、何よりも楽しかった。
いつでも死ねるこの場所で、昨日会ったばかりの若者と心の底から笑っている。
これだから旅は面白い。

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数分の休憩の後、長谷川ピークへ。
相変わらず西面から東面への移動や、わずかしかないホールドは続くが、
飛騨泣きほど難しい場所はない。
先頭もゴウ君に代わり、クライマーの心髄を見せてもらう。
下りはヘッポコな(?)ゴウ君も、登りは流石の一言。
垂直の壁をヒョイヒョイ登っていく。

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たまに調子に乗りすぎて、

「 お〜い。そっちじゃないよ〜! 」

てな事もボチボチ…

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気がつくと僕らは難所を抜け、大キレットにしては快適な岩尾根に出ていた。
最後の問題は南岳へ標高差300mの登り。
まるで要塞のようだ。
この時、時間はすでに14時。
この先、南岳から槍まで3時間はかかる。
かなり心は揺らいでいた。
昨日からの疲労を考えると、南岳に泊まるのが無難だったが、この先の日程を考えると厳しい。
オーバー気味の3時間を、今日やるか明日やるか。
どちらにしても多少無理をしなければならない状況には変わりなかった。

とりあえず南岳に上がろう。
答えはそれからだ。

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再び歯を食いしばりながらの登りが始まる。
このような壁を登るのは、もうヤケクソだった。
あ〜だこ〜だ考えても答えは一つ。
「 登る 」 しかない。
だから明らかに心臓が割れそうな急登を目の前にした時は、

「 おしゃあぁ!!やってやんよ!! 」

って。

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そして3人は大キレットの最後の壁を越え、フラフラになりながら南岳小屋に飛び込んだ。
時刻は14時半になっていた。

南岳小屋は去年ほど混んでいなかったが、相変わらずガスが立ち込めている。
早速売店で買ったCCレモンを喉に流し込み、この先の会議をする。
15時に出発したとして槍に18時。
25張しか出来ない槍のテン場は、空いてない可能性も高い。
そしてなによりも、この疲れきった体。
でも答えは一つだった。

「 槍まで行こう 」

もうこの勢いで行くしかなかった。
仮に今日、槍まで行かなければ、明日の工程が11時間オーバーになってしまう。

ここで、熱きクライマー、ゴウ君とはお別れ。
餞別のワインを渡し、再開を誓う握手を交わす。

「 また必ず穂高で会おう! 」

たかだか1日半の出会いだったのに、まるで兄弟のようだった。
語り合い、笑い、助け合い、旅を共にした。
都会ではなかなかない、素晴らしき出会い。
これも山がもたらしてくれるプレゼントなんだろう。



また会おう。穂高で。
posted by syoddy at 23:46| 宮城 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

北アルプス2008 3日目 北穂へ

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「 おはようございます 」

早朝5時。
ゴウ君がテントに来た。
僕らは軽く寝坊気味。
相当疲れていたんだろう。
朝日はとっくに上がり、奥穂を照らしていた。

「 今日は南岳までですわ 」

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ゴウ君はここから6時間ほどの南岳までの予定。
僕らは後々の日程を考えると、槍ヶ岳まで行かないといけない。
が、ゴウ君の「 南岳まで 」という言葉を聞くと、
昨日の疲れもあるし、南岳でもいいか。
という心の揺れも出始めていた。

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今日も朝から眩しいくらいに晴れている。
予報では夕方から崩れるというが、どこをどうしたらこの天気が崩れるのか。
それぐらい北アルプスは全域で青空だった。

なにげに今日の行程も長丁場。
にも関わらず、なんだかんだで出発は7時。
ゴウ君はまだ準備をしている。南岳までの予定だから呑気なもんだ。

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一足先に縦走路を歩き始めた僕らは、20分ほどで涸沢岳に到着。
そこから見える素晴らしい景色に僕らは心を奪われた。
これから進むべき北穂、大キレット、南岳、南岳からの縦走路を経て槍ヶ岳。

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20分しか歩いていないのに、バックパックを下ろし、すっかり目の前の景色とくつろいでいた。
去年も同じ場所から同じ景色を見ているはずなのに、すっかり見入っている。
朝の空気がそうさせているのだろうか。

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後ろには昨日僕らが歩いてきた、西穂〜奥穂の稜線。
綺麗に西穂までが見える。
改めて見ると、距離自体は短い。

10分ほどすると、下から80Lのバカでかいバックパックが登ってくるのが見えた。ゴウ君だ。
ゴウ君も昨日の疲れが残っているのだろう。足取りが重い。

「 一緒に行こう 」

山で出会った人とテン場などで仲良くなることはあるが、ルートまで共に行動するという事はなかなかない。
お互いのペースも違うかもしれないし、山行スタイルそのものが違えば即アウトである。

でも僕ら3人は全くそんな心配もなく、自然にパーティを組んでいた。
まるで昔からの友人を誘うように。

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3人になった僕らは涸沢岳直下のド直角の壁を下り始めた。
朝一からド直角とはなかなかやってくれる。

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クライマーは登る一方で、下るという動作がない。

「 俺、下りダメなんす〜 」

なんて言いながらもゴウ君は楽しんでいるように見えた。

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30分も下ると今度は北穂への登り。
危険個所も多く、なかなか気が抜けない。
昨日の疲れがモロに3人を襲ってた。
今日、南岳までというプランは正解なのかもしれない。

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途中、雪渓を渡り北穂の山頂へ。
去年ココを通ったときはこれほどの雪渓はなかった。
今年は全体的に雪渓が多く残っている気がする。

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北穂は僕の好きな山の一つ。
去年単独で涸沢に来た時もここに来たくてピストンした。
この山頂は北アルプス南部の全てが見える。
そして崖の上に立ち、雲の上にいるような木のテラス。
目の前には大キレットから槍ヶ岳へ、大迫力のパノラマが広がる。
山に興味がない人でも絶対にハマらせる自信がある極上の場所。

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もちろん北穂高小屋は宿泊も可能。
しかし北穂という場所は縦走ルートの通過点であり、ほとんど泊まる人はいないという。
逆に言えば穴場。
夜、このテラスを独り占め。なんて事も可能だろう。

僕はこの大パノラマを目の前にしてカロリーメイトは食えなかった。

「 牛丼2つ!! 」

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この後には事故が耐えない大キレットが待っている。
腹いっぱいになって歩けなくなるかもしれない?
そんな事は眼中になかった。

この最高の場所で最高の牛丼を食う。
何か間違っているだろうか?

ゴウ君は縦走中は行動食オンリーのスタイルだったので、食いたそうにしつつもお菓子を頬張っていた。

ヤラしく、一口あげたらドえらい感動。

「 牛丼やばぁ〜いっス! 」

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胃袋にかきこむように牛丼をたいらげた僕らは、北穂小屋の端から大キレットを覗き込む。
ゴウ君は初 大キレット。
僕らも去年とは逆ルートなのでほとんど初めてのようなもの。
西穂〜奥穂の事しか頭になかったが、大キレットも改めて見るとヤバい。
まずこの北穂直下のスリッピーなガレ場を下るだけでも骨が折れそうだ。
牛丼食ってる場合じゃないかもしれない。



大キレットを越え、南岳までは約3時間。
北穂テラスとの別れを惜しみながら、牛丼で膨れた腹に再び気合いを入れ、小屋を後にした。

「 大キレットを越えてしまえば、この旅で危険な場所はない 」

それだけの想いで再び難所、大キレットに挑むのであった。
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2008年08月26日

北アルプス2008 2日目 奥穂へ その4

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また再び来るような想いを残しつつ、僕らはジャンダルムを後にした。
バックパックをデポした場所に戻り、ジャンダルム直下を南側に巻きながら、ロバの耳へと向かう。

岩は僕等の行く手を拒むように激しさを増す。
この疲れきった体と、集中力の切れ掛かっている精神状態にはかなり堪える。

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ジャンダルムを後にしてわずか30分くらいだろうか。
当たり前のように鎖にしがみつきながら崖を下り、最後のコルであろう場所に下りた。
目の前には先の見えない激しい登り。

体が前に進むことを拒んでいた。
行かなきゃいけないのに、一歩が踏み出せずにその場に立ちすくしてしまった。
相方もガス欠寸前で、言葉すら出ない。
おまけに飲むべき水も切れていた。
残りわずか100cc。


そんな時、ふとコルの脇を見ると雪渓がある。
僕はがむしゃらに雪渓に走り、コップで雪の表面を削り相方に渡した。

「 これを食おう 」

登るべき最後の壁を前にし、2人は天然の氷をカジっていた。
腹を壊すかもしれなかったが、おかまいなしに雪渓の雪にカブりついた。
決してウマいとは言えない。
しかし、今の2人を潤すオアシスだったことに間違いなかった。

「 行こう  行くしかない 」

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後ろを振り返ると、幻想的な雲の中にジャンダルム。
奥穂側からみるジャンダルムは、北側が大きく切れ落ちており、
とても同じものとは思えない姿で聳え立っていた。

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僕らは岩に手をかける。
最後の果てしない登りに向かって一歩を踏み出した。
相変わらず呼吸は乱れたまま。

上を見たくない。
上を見るとそこには現実があり、心が折れそうになる。
「 フウゥ〜ッ…ゼエェ〜ッ… 」

穂高の山々はピーンと空気を張りつめたように静まり返っている。
そこには2人の呼吸の音と、いまにも爆発しそうな心臓の音が頭の中で鳴り響いていた。
もう、どこが難所なのかもわからず、ただひたすら足を動かすだけだった。

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ふと顔を上げると、最終ステージである馬の背が見えた。
ここはまさに最終ステージにふさわしい、コース最大の難所。
鋭い刃物から例えられるナイフリッジと呼ばれる場所で、岩幅は1メートルにも満たず、
両サイドは500mほど切れ落ちている。

今まで何度もナイフリッジを渡ってきたが、ここは正真正銘のナイフリッジ。
東京タワーよりも高いところで、命綱なしの細い廊下を歩いていく。
そしてこのガス欠寸前の体と、切れかかっている精神。
いつでも死ねた。

手前で一呼吸を置き、立ち止まる事を恐れるかのように馬の背に手をかける。
絶妙なバランスで重なっている岩を見ていると、誰かが積み上げたとしか思えない。
周りに遮るものが何もないので、宙に浮いている岩のようにも見える。

慎重に慎重に次のホールドを探していく。
しかしあまりにも細く、立ち上がる事が出来ない。
這い蹲るように進む事しか出来なかった。
下を見る余裕はなく、ホールドを探すのに精一杯。
ここまでの長い岩登りで、すっかり慣れていた高度感が一気に崩れた。
あまりにも高く、恐怖感で思うように進めないのである。
これぞまさに最終ステージであった。

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この時、ほとんど頭は働いていなかったが、集中…集中…と頭の中で連呼。
絶対に踏み外す事は許されない。
ここまで来て負けるわけにはいかない。

そして、ようやく天空の綱渡りも終わりが近づいてきた。
奥穂の山頂が見えたのだ。

僕らは逸る気持ちを抑え、一歩一歩馬の背を進んでいた。

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そしてついに馬の背を越えたのである。
最後の岩を飛び降りると、肩の力が一気に抜けた。
この先、もう難所はない。
この時、西穂山荘を出てから初めて安堵感が沸いたのを覚えている。

あとは緩やかな道を奥穂に向かうだけであったが、相変わらず足は重く、
なかなか前に進んでくれない。
振り返ると相方は立ち止まって呼吸を整えている。

「 あと少し…あと少し… 」

僕は一足先に奥穂の山頂5メートル手前に辿り着いた。
相方はまだ遥か後ろだ。

「 最後は2人でゴールしよう 」

これだけの苦労を共にしてきた同志を置いて、1人で先にゴールすることは考えられなかった。
そう思い、その場で待つことにした。
呼吸は相変わらず整わない。
その場で岩に両手を掛け、うつむいていた。




僕は涙が止まらなかった…





何故涙が止まらないのかわからなかった。
達成感からなのか、怖い想いをしてきたからなのか。
今考えても理由はわからないが、溢れる涙を抑える事は出来なかった。
言葉に表せない真の感動があったから。
そう考えるしかないのかもしれない。



奥穂の山頂には沢山の人がいる。
当たり前だが、泣いている人なんて誰もいない。
人がいるにも関わらず、溢れる熱いモノを止めることが出来ない。

僕の場所に辿り着いた相方は笑っていた。
僕も顔をグチャグチャにして笑った。



「 さあ行こう 最後だ 」

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午後2時半。
西穂山荘を出て10時間半。
僕らは標高3190m 奥穂高岳の山頂に立った。
ペタンとその場に座り、相方と拳を合わせる。

「 お疲れ 」

相変わらず涙は止まらず、目は真っ赤に腫れていた。
ガスは未だ抜けず、たまにジャンダルムが現れるぐらいだった。
でも僕らは最高な時間の中にいた。
親父が果たせなかったルートを踏破し、10時間半という激動を駆け抜けた。
そこに奥穂があるだけで、それだけで良かった。

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そして勝利の余韻に浸りながら、僕らは奥穂を後にした。
動かない足を引きずりながら20分ほど下り、今日の宿泊地である穂高岳山荘に到着。
穂高岳山荘は、まさにお盆を思わせるような賑わいを見せていた。
再び相方と拳を合わせる。
長かった。
果てしなく長く、ここに降り立ったのがまだ夢のように感じる。
経過時間は11時間を越えていた。

早々にテン場の手続きを済ませ、コーラを2本買って相方のところに戻ると、ゴウ君がいた。

「 おお!生きてた?! 」

僕らはゴウ君からかなり後方で歩いていた為、結局天狗岳以降は会わなかったのである。
3人はこれ以上ない笑顔で笑っていた。
常に笑顔でしかなかった。

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テントを張り、ジャンダルムが夕日に染まり始めた。
ゴウ君を交え、あそこがキツかった、怖かったなど話は尽きない。
お互い、同じ修羅場をくぐり抜けてきたからだろう。
とても数時間前に出会ったとは思えないほど意気投合していた。
挙げ句の果てに人生相談まで始まってしまう始末。

これも山ならではの素晴らしい出会い。
やはり山は素晴らしい。

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僕は1人、ろうそくの火を見つめていた。
この先になにがあるのだろう?
何が僕らを待ち受けているのだろう?

でも今は考えるのをよそう。
今日は、今日だけは。
星空を見上げる力も使い果たし、僕はテントに潜り込んだ。


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本日の移動距離 4.5km
就寝21時
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2008年08月24日

北アルプス2008 2日目 奥穂へ その3

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ジャンダルム。標高3163m。
フランス語で憲兵を意味する。
まさに奥穂を守るように立っている護衛。
それは西穂〜奥穂の縦走路に立ち、圧倒的な存在感で全てのアルピニストを魅了する。

僕らの旅の目的の一つはここだった。
ちょうど1年前。奥穂から見たジャンダルム。

「 あの上に立ちたい 」

奥穂の頂上に立てば、誰もがそう思うだろう。
その為には、この長く険しい道を歩いてこなければ立つ事は出来ない。
僕らは、ただそれだけの想いでここまで来た。



第3ステージをクリアし、天狗岳で軽い昼食をとると、先には当然のように激しい下りが待っていた。
天狗のコルへの下り。
明らかに疲れが出始めていた。
登りだけならまだしも、ほとんど垂直の岩下りが続き、気を許せば谷底。
まだ余裕はあったものの、この辺りから肉体的、精神的に疲れが出始めていたことを憶えている。

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そんな矢先のこと。
天狗のコルへあと少しといった所だろうか、長い鎖場が一箇所。

「 早くコルに下りたい 」

そんな焦りもあったんだろう。
3点支持は守っていたが、その場所の足場は引っ掛けるポイントが少なかった。
多少右足が不安定であることはわかっていたが、先を急ぐあまりそのまま左足を移動。
その瞬間右足が抜けてしまったのである!

一瞬にして頭に血が逆流したようだった。
両足が抜けてしまったボクは、足が宙に浮き、両腕で鎖にブラ下がっている状態。
さらに足が抜けた時に肘を強打したらしく、流血しているのがわかった。

良く見えない足場。パンパンに張っている二の腕。肘の痛み。
これは冷静にならないとマズイ。

足場を確保しないことにはこの状態を回避出来ないので、
鎖にブラ下がったまま、体を振り、爪先をアンテナにして引っかかる場所を探した。
すると、足の長さがギリギリ届く最下部に爪先をかけることが出来たので、ひとまず修羅場を脱出。
それから先は慎重に足を伸ばし、コルへと下ったのである。
九死に一生を得たというと大げさだが、一瞬の油断と集中力の低下が招いた、事故の一歩手前であった。

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天狗のコルに下りると、追い討ちをかけるように激しい登りが待っている。
畳岩尾根の頭への登り。

「 なんてことなく登りきれるだろう 」

そう思っていた。
しかし何かがおかしい。
3歩進んでは止まり、息を整えるが、いくら休んでも呼吸が整わない。
10分間休んでも「 ゼェー…!フゥー…! 」という状態。

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僕らは完全に酸欠だった。
未だかつて味わったことのない、ヒドい酸欠に陥っておいた。

現在、標高は2900mほど。
ここまで3000m前後の稜線を歩いてきたので、体が慣れていないというのは考えにくかったが、
酸欠であることは明らかであり、いくら休んでも呼吸は乱れたまま。
乱れたまま登らざるを得ない状況が繰り返される。

西穂山荘を出てから6時間が経過し、7時間も過ぎようとしていた。
しかし、この畳岩尾根の頭への登りは終わりが見えてこない。
相変わらず呼吸は乱れている。
もう気が狂いそうだった。
この頃からガスも出始め、展望すら奪われていく。
ただただ動かない足を動かすしかなかった。
こうなってくると、モチベーションも低下し始め、ちょっと疲れただけで心が折れ、すぐ立ち止ってしまう。
距離を稼げなければ、心身も病んでいく。
まさに悪循環だった。

でも歩くしかなかった。
最終的には自分の力で歩き、乗り越えるしか道はないのである。
そう言い聞かせながら、動かない足にムチを打ち、奥歯が磨り減るほどに歯を食いしばっていた。

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すると、8時間に達しようかという時、急に目の前が開けた。
目の前には四角く整った巨大な岩。
そのてっぺんに4、5人が立って叫んでいる。

「 ジャンだ… 」

先を歩く相方がそれに気づくと、僕等は叫んだ。

「 おおおおぉぉぉ!!!ジャンだ!!! 」

ジャンダルムは突然、僕等の目の前に姿を現したのである。
まるで微笑んでくれているかのようにも見えた。
それぐらい今の僕等に、喜びを与えてくれる存在だったからである。

後々になって考えてみると、畳岩尾根も、その後にあるコブ尾根の頭もいつ通過したかわからなかった。
よっぽど必死だったんだろう。

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急に足は軽くなっていた。
疲れはあったが、なによりも憧れの頂が目の前にある。
2人が笑顔になる理由はそれだけで充分だった。

ジャンダルムはピークの向こう側が500m近くスッパリ切れ落ちている為、そのまま進む事が出来ない。
その為、ピークに立った後、またここに戻ってくる必要がある。
バックパックをこの場に置き、ほぼ垂直であるジャンダルムの岩を登り始めた。

ルートらしきルートはない。
ジャンダルムがここまで登ってこいと言っている様にも見える。
僕らはただピークに立ちたいという想いだけで、道なき道をガムしゃらに登る。
あと5メートル…3メートル…1メートル…


そして遂に僕らは、1年前に志した頂に立った。
喜ぶ気力すら失いかけ、未だ安定しない呼吸を整えていた。
残念ながらブ厚いガスに覆われ、見えるべき奥穂は気まぐれにしか顔を出してくれない。

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それでも2人の心にはジャンダルムがしかと刻まれていた。
静かだった。
10mほどの狭いピークに座り、何を語ることもなく僕らは余韻に浸っている。

そして同時にジャンダルムの上からは、第5ステージであるロバの耳が見える。
ギャグかと思うほどの複雑なルート。
進むべき道が見えない。
挙句の果てに、目を疑うような場所に人が這い蹲っていたりする。

残りは距離にすると1kmもないんじゃないだろうか?
しかしルートからすると、1時間半〜2時間見なければ行けそうにはない。
今の僕らに、2時間という時間は気の遠くなるような時間に感じる。
奥穂の頂上に立つイメージすら沸かない。


「 行くしかない!やるしかないんだ! 」


そう激を飛ばしながら、僕らはジャンダルムを後にした。
posted by syoddy at 21:54| 宮城 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

北アルプス2008 2日目 奥穂へ その2

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穂高の山々に映える爽やかな笑顔の彼は、この縦走路で出会った吉田ゴウ君。
兵庫から来たという、世界の壁を登り歩いてきた26歳のクライマー。
彼はこの縦走路はおろか、大キレットすら経験していないという。
そんな少しアバウトな感じが肌に合ったのか意気投合し、
このあと南岳まで旅を共にすることとなる。


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西穂山頂を後にした僕らは、深く息を吸い込み、縦走路の核心部へと足を踏み入れた。

「 もう戻ることは出来ない 」

そんな風に思いながらも、心は希望に満ち溢れていた。

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事前に調べていたとおり、西穂から先は急変。
岩場は鋭く切れ落ち、ルートも自分で考えながら進んでいかなければならない。
特に下りは最新の注意を払わなければならず、岩登りの基本である3点支持を怠ると谷底へ真っ逆さま。

3点支持とは、両手両足のうちいずれか3つを岩か鎖にかけて、
安全を確保しながら移動するという基本中の基本。
すなわち動くときは両手両足のどれか1つを動かし、ホールドしたらまた1つ動かす。
逆に言うと、3点支持さえ守っていれば、どんな恐ろしい岩場でも渡りきる事が可能である。

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ご覧のとおり、西穂から先は自分でもどこを歩いているのかわからないほど険しい。
振り返るたびに首を傾げてしまう。

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西穂山頂から標高を100mくらい下っただろうか。
行く手に次なる目的地、間ノ岳が見えてきた。

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間ノ岳直下の岩は赤く染まり、遠くから見ただけでも足場が不安定な場所であることがわかった。
標高差はたいしてないものの、いつ落石が起きてもおかしくない。
そう思いながら、直下手前の稜線に差し掛かった時だった。

「 ラーーーック!!!! 」

落石を告げる先行登山者の声が、深い谷に響き渡る。
誰かが踏み外した人の頭くらいの岩が斜面を走り、
その一つがきっかけとなって、いくつもの岩がまるで雪崩のように転がり始めた。

「 カッカーン!ゴゴゴゴ!バチバチバチ… 」

僕らはその場で呆然と立ちすくしてしまった。
まるで天ぷらでも揚げているかのような、凄まじい音が響き渡ったと思えば、
あっという間に岩は谷底へ消え、辺りはシーンと静まりかえっていた。

幸い斜面から離れた場所にいたので、何事もなかったが、
もし直下にいたら生きていただろうか?
自分の頭上から、頭ほどの岩が予想出来ないスピードと軌道で飛んでくる。

こんな事があった直後は、ふと我に返る事が多々ある。

「 ああ、なんでオレはこんな場所にいるんだろう…? 」

って。

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慎重にガレ場を登り、間ノ岳のピークへ。
間ノ岳は頂上を示すモノが何もなく、一つの岩にペンキでピークの証があるだけ。
それでも展望は素晴らしく、また一つ難所を越えたという満足感に浸っていた。
第2ステージクリアである。

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お分かりだろうか?
左手に槍ヶ岳が現れ始めた。
カメのようなスピードで動いていた僕らにはわからなかった。
少しずつだが前に進んでいるということ。

遠くに映る槍の雄姿は、不安だらけの僕らに勇気を与えてくれていた。
しかし、あの場所はこの長い旅の中間地点である事も現実であった。

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間ノ岳の山頂で初めて休憩らしい休憩をした後、
間天のコルへ、再び激しい下り。
激しく登っては下り、下っては登る…
これが最強縦走路たる所以。

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振り返ると間ノ岳の雄姿。
コイツもなにげに鋭く天を仰いでいる。

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間ノ岳を下り、間天のコルに着くと、第3ステージの目玉、
天狗の逆層スラブが現れる。
ココは次のピーク、天狗岳への道中にある難所。

通常、上を見あげた場合、岩は奥側にある。
だから指を引っ掛ける場所が必ずあり、容易に上り下りすることが出来るのだが、
これが全くの逆パターンになっているのが、この逆層スラブ。

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上を見上げると、岩は奥側ではなく、手前にはみ出しているので、
引っ掛けようがない。
おまけに下りともなると、下が見えず足を引っ掛けられないので、
少し宙に浮きながら懸垂下降で降りなければならない。

それに比べれば登りはまだ楽で、鎖を使い腕力と靴のフリクションを効かせれば、
気合で乗り切ることが出来る。
技術的にはさほど難しくないが、パワーを必要とする場所。
声を張り上げながら、一歩ずつ踏み上げていく。

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午前9:00
間ノ岳の1.5倍はあろうかという急登を登りきり、
ようやく縦走路中間付近に当たる天狗岳に到着。
西穂山荘を出てから5時間が経っていた。

どれくらい時間が経ったのか、あと何時間かかるのか。
そんなことは気にならなくなっていた。
目の前に広がる広大な景色と、僕らが立っている非現実的な岩場。
すっかり気持ちはハイだった。


しかし、本当の修羅場がここから始まるということ。
天狗岳山頂の僕らには、知る由もなかった。
posted by syoddy at 21:18| 宮城 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

北アルプス2008 2日目 奥穂へ

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午前2時20分。
緊張のせいか、ふと目が覚める。
アラームセットは2時30分だ。

昨晩の雷は何事もなかったかのように静まり、穂高は僕らの出発を歓迎してくれていた。

今日はこの旅のメインディッシュ。
一般登山道としては、日本で最も難しいとされる「 西穂高岳〜奥穂高岳 」のルート。
前回も書いたが、行動時間が長く、水場もない。
天候悪化時のエスケープルートもなく、的確なルートファインディングを求められる細い岩の稜線が続き、
嫌になるほどのアップダウンが繰り返される。
気力、体力、運、経験、技術。
全てが揃わないと抜けられない。日本を代表するハイレベルな縦走路の一つである。

早々にテントを撤収し、朝飯を平らげる。
この時点で、緊張はさほどなかった。
むしろ、どんな場所が待ち構えているのだろう。という期待感のほうが強い。

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午前4時。
入念にストレッチを行い、ついに旅立ちの時。
2人は無事を祈る握手を交わす。

「 行こう 」

まず最初に目指すのは標高2909m 西穂高岳。

西穂の山頂までは、独標(どっぴょう)とピラミッドピークという2つのピークを越えていく。
(独標とは名もなきピークのこと)

新穂高からロープウェーで来た人達のほとんどは、独標まで。
独標から先は急に岩場の稜線と化す為、一般の人はなかなか足を伸ばせない。
しかし、独標からでも十分に穂高の山々を感じ、朝日を拝める為、
西穂山荘に泊まっていた人達も僕らと同じように、4時に登り始める。

漆黒の闇に包まれている西穂の稜線に、ヘッドランプの明かりがまるで竜のように連なる。

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僕らもヘッドランプを頭に装着し、西穂の稜線を歩き始めた。
独標まではハイマツに覆われた緩い登山道。
朝一の起きていない体には調度良い。
かつ、朝の空気がが体に染み渡る。
大きく息を吸い、一歩ずつ歩きながら穂高を全身で感じていた。

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わずか40分ほどで標高2701m 西穂独標に到着。
朝日はまだ稜線に隠れていた。

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独標に立つと、これから進むべきピラミッドピーク、西穂高岳、間ノ岳への稜線があらわとなる。
少しずつ高まる緊張感。
先へ進む人達を見ていると、明らかに岩の道が続いている。

「 ああ、やっと穂高に来た 」

ここまでの道は樹林帯やハイマツに覆われていて、どこか東北の山々と変わらなかった。

しかしようやくここに来て、ゴロゴロとした岩がむき出しになり始める。
これぞまさに、僕らが知る北アルプスの道だった。

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しかし独標から先は、思ったより鋭いわけでもなく、
比較的楽しみながら岩場を歩くことが出来る。
とはいえ、一瞬の油断が事故に繋がる場所であるという事に変わりはない。

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独標から歩くこと30分。
第二の独標 ピラミッドピークに辿り着く。
ここで、前穂の稜線から幻想的な朝の光が入り始める。

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西穂の山頂まではここからさらに1時間。
ピラミッドピークから稜線はさらに細くなり、行く手を遮る。

そして遠くに見える西穂高岳を見ると、明らかに不安感が募る。
なぜなら、西穂高岳から先が本当の難所の始まりであるにもかかわらず、
ここまでの1時間半で、多少なりとも体力を奪われている。
そしてここからひたすら続く西穂への登り。
仮に西穂の山頂に着いたとして、ゴールの奥穂まではさらに7〜8時間かかることになる。
イメージが沸かない…気が遠くなりそうだった。

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こんな荒れ果てた岩場にも、優しい笑顔のような高山植物がところどころに見られ、
僕らの気持ちを癒してくれていた。
切れ落ちた岩場ではとにかく神経を使う。
張り詰めた気持ちで登っていると、心も乱れ、集中力を欠き、事故に繋がる。
そんな時、ふと岩の陰から現れる花。
気づかずとも皆、山の上に咲く花に助けられているのかもしれない。

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西穂山荘を出て2時間半。
標高2909m 西穂高岳に辿り着く。
第1ステージクリア。といったところだろうか。
この時には気がつかなかったが、この西穂高岳を踏んだことで、
僕らは去年から歩いた穂高の山を制していた。
北穂、奥穂、前穂、西穂。

前に進むことしか頭になかった。そんなことに気づく余裕すらなかったのだろう。


さあ行こう。まだ道は長く険しい。
本当の物語はここからである。
posted by syoddy at 22:04| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

北アルプス2008 1日目 西穂へ

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2007年8月。
僕らは奥穂高岳の山頂にいた。
標高3190m。
日本で三番目に高い山の頂に立っていた。

そこから見たもの。
「来年はあの上に立とう」

そう誓い、上高地に下山したのだった。
2008年の旅はそこから始まっていたのである。

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2008年8月8日 午後9時半。

「 お疲れ 」

仙台駅で相方と待ち合わせる。
仙台の街は七夕祭りの最終日で、ごった返していた。
浴衣を着た女性をはじめ、うちわを持った家族連れ。

僕らは明らかに浮いていた。
パンパンに膨れ上がったバックパックを背負い、片手には土にまみれた登山靴。
一歩間違えれば浮浪者にも見えかねない。

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でもそんな外れている自分達が、なぜか誇らしく思えた。
それは、一つの大きな事を成し遂げなければならないという、熱い志があったからに他ならない。
ちょうど1年前に芽生えた想い。
この時の2人は、常にその事だけが頭の中にあったように思う。

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仙台から夜行バスで松本へ。
朝7時に松本からローカル線で上高地へ。
そしてここで狙ったかのように、お決まりのトラブル発生。

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電車を降りる為の切符がない…
どこをど〜探してもない。
電車を降りれなければ、すぐリンクしているバスに乗り継げない。

「 こりゃ〜困った…! 」

5分ほど探すが、相方に迷惑をかけたくない想いもあり、
渋々再支払い…
情けをかけて、500円値引いてもらうが、
1900円の損失…
嗚呼、この先大丈夫なのか…?
不安に不安が重なる。

まあトラブルは旅の付き物。
前向きに前向きに。

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そして1年前となんら変わらぬ姿で、上高地は僕らを迎えてくれた。
梓川は、これ以上ない美しさで穂高を映し出している。
朝9時だというのにすでに河童橋はごった返していた。
しかしそのほとんどが観光客で、僕らのように重装備の者はいない。

「 穂高に行くの?頑張ってね 」

なんて言われるぐらいだ。
辛い想いをしてまで登ろうとは思わないんだろう。
まあ確かに、上高地で十分に穂高を感じることが出来る。
顔が映りこんでしまうぐらいの美しい梓川と、広大な穂高連峰が目の前にあれば、
僕らでも少し満足してしまうぐらいだから。

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本当はもう少し上高地に留まっていたかった。
この独特の雰囲気がある上高地は、何時間いても飽きることはない。
しかも今回の縦走のゴールは全く別の場所であり、この場所に戻ってくることはないという事も、
名残惜しくさせる理由の一つであった。

しかしそうも言ってられないので、一通り上高地を探索した後、
今回の縦走の入り口へ向かう。

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「 上高地 西穂高岳 登山口 」

ここが、これから始まる長く険しい道のりのスタート地点である。
一体この先に何があるのだろう?
不安と期待が交差する中、僕らは最初の一歩を踏み始めた。

上高地から西穂高へのルートは、迂回しながらゆっくり登るルートとは違い、
斜面をまっすぐに登る、いわゆる直登ルート。
当然斜度はキツく、さっそく汗を搾られる。
去年ほど事前トレーニングをしていたわけではないので、かなり堪える。

さらに雲行きが怪しい。
1時間も歩いた頃から、地震と間違えるほどの雷が頭上で鳴り響く。
まるで空が割れるような乾いた音が、穂高に響き渡る。

「 これはマズイな… 」

ふと、先日の岩手山の夕立が頭をよぎる。
案の定、青空は消え、バケツをひっくり返したような雨が降り注ぎ、
僕らの行く手を遮るのであった。

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そんな状態で登ること3時間半。
西穂高岳の麓、西穂山荘に辿り着く。
今日の宿泊地はここだ。
残念ながら上高地からカメラを出せることもなく、ただひたすら足を動かすしかなかった。
歯を食いしばりながらただひたすら。

雨が降るというだけで、山登りは激変する。
ただただ下を向きながら。景色が見えることもなく足を動かしていく。
時間の流れは変わり、自分がどれだけ歩いているのかさえわからなくなる。

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そんな僕らの苦労とは裏腹に、西穂山荘は賑わっていた。
ここは新穂高温泉からロープウェーでアクセス出来ることもあり、
穂高連邦の入門コースとも言える場所。

しかし同時に、穂高連峰 最難関コースの入口でもある為、
初心者で賑わう中に、ハードコアな匂いをプンプンさせる人が混じっている。
それがまたなんとも違和感があり面白い。
僕らもそんなオーラを出せているのだろうか。

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着くなり、西穂山荘名物のラーメンを注文。
これがまた渇いた喉に染み渡る。
やはり山荘のラーメンはいつ食べても旨い。

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テン場も既に満タン。
ここに張っている半分以上の人は、明日僕らと同じルートへ挑むのではないだろうか?
じゃなきゃこんな雷雨の中、好き好んでテントなんて張らないだろう。

僕らも早々にテントを張り、明日のルートの最終チェックを行う。

「 明日、本当に越えられるのだろうか… 」

未だ実感が沸かなかった。
予定では10時間オーバー。
水場もなければ天候悪化時のエスケープもない。
道は整備もされていないような細い岩尾根。

でもやるしかない。
ここまで来て引き返す気はさらさらない。

明日のゴール、奥穂高の山頂で相方と笑顔で握手を交わす。
その画以外はイメージしたくなかった。


北ア ガイド地図.jpg
本日の移動距離 5.6km
就寝 20時
posted by syoddy at 21:35| 宮城 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

帰還

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皆さんご無沙汰してました。
走り続けた、5日間の旅から帰ってきました。
なんども死にそうになりながらも、生きて帰って来れた。
それだけで胸がいっぱいです。

いろいろありすぎて、何から伝えていいのかわかりません。

心の底からの感動、素晴らしき出会い、自分との戦い、数々のドラマ。
うまく伝えることは出来ないと思うけど、頑張って書いてみたいと思います。


でも、今日は少し休ませてください。
今は、流れる時間に身を委ねる事しか出来ないんで。
posted by syoddy at 22:31| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

日本の涸沢

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なぜまたこの時期に北アルプスに行ったかというと、
ただ単に紅葉が見たかったから。

ナナカマドが真っ赤に燃え、穂高の岩に映える。
そりゃあもう芸術的なコラボレーションなのです。
写真で見るだけでも凄いものを、この目で見たかった。
ただそれだけで車を9時間走らせてしまった。
仙台から山形を抜け、飯豊、小国、北陸道で新潟、柏崎、上越。
糸魚川から松本街道で白馬、穂高、豊科、松本、上高地。
約500キロ。

上高地から歩くこと6時間。
奥穂高の直下に涸沢( からさわ )カールと呼ばれる氷河が削りとった地形がある。
ここはナナカマド、ダケカンバなどの木々が赤や黄色、緑と、
まるで絵の具で書いたような素晴らしい紅葉の色を映し出す、
北アルプス屈指の紅葉スポット。
今年は暖かい日が長く続き、全国的に紅葉が遅れているけど、この涸沢も同様。
通常なら9月中旬から色づきはじめ、
10月頭には爆発するという場所らしいのだが、
今年の色づきは10月頭からと、2週間ほど遅れている。
じゃあ遅れている分、この3連休にちょうどよく爆発するんじゃないか?
そう考え、毎日涸沢のホームページとにらめっこの日々。

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澄んだ秋の青空に覆われた穂高連邦はとても清々しい表情だ。
今回のルートは前回とはうって変わって緩やかなルート。
それでも降り注ぐ太陽と前回より増量のバックパックのせいでぐったり汗は出る。
実は今回、バックパックにテントと食料が増えている。
紅葉客で小屋が溢れかえるのは目に見えていた。

後から聞いた話によると1枚の布団に4人寝なきゃいけない状態だったとか。
それなら多少重くて汗を掻いてでも、テントで快適なほうが全然まし。
しかも山中でテント泊なんて男心をくすぐるじゃあないすか?
そうやってワクワクしながら登っていると、テントと食料のウエイトはさほど気にならなかった。


そして涸沢カールに立つ涸沢ヒュッテに着くと、残念ながら紅葉は7分ほどの色づき。
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赤になりきれていない黄色が目立つが、充分美しい。
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ここは目の前に前穂高、奥穂高、涸沢岳、北穂高と見上げるように岩の壁がそそり立っている。
これだけでも圧巻なのに美しい紅葉付。
そりゃあ混むわけだ。
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黄色が目立つと言っても、場所によっては真っ赤な部分も。
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で、せっかく目の前に穂高があるので、北穂高岳だけ登ってきたわけ。
涸沢ヒュッテから片道3時間。
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ここは前回素晴らしいコーヒーをテラスで飲んだ場所。
今回は悩みに悩んだ挙句、ビール注文…
大キレットから続く槍ヶ岳。
広大な景色を見ながらのランチは、
日本一贅沢ではないだろうか?
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僕はお盆に来たとき、この北穂高小屋が一番印象に残っていた。
大キレットという場所を必死の思いで越え、辿り着いたのがここだったし、
なによりもこのテラスが凄く心地良い。
何をするわけでもなく、ただ景色を見ているだけで1時間半も北穂のテラスにいた。
ここは絶対に誰もがハマる場所だと僕は思う。


あいにく3日目、上高地は荒れ狂ったようにどしゃ降り。
天気は予想していたので、前日に上高地から2時間の徳沢まで降りて来ていた。
しかし雨のテント撤収はキツイ。
罰ゲームにもほどがある。
でもこれも山。
冬にバックカントリーに入れば立っていられないほどの風雪に見舞われることもある。
そう考えれば秋の雨は可愛いもんだ。
晴れだけの山だけ見ていても駄目。
オヤジはそう言ってた。


でもホント無茶して来た甲斐はあった。
2日間ビッカビカに晴れたし、また色々な出会いがあった。
死ぬほど遠い距離でもない事もわかった。
逆に東北の山々の良さもわかった。
北アは人が多いんだよね…

もう穂高には雪が降り始める。
また来年。必ず。
posted by syoddy at 00:53| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北アルプスを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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